思い出アルバム豊中1中時代
二年生

2年生になってクラス替えも行われ、新しいクラスメイトとの出会い。我々の学年は全部で14クラス、殆どのクラスメイトが入れ替わる。そして、徐々にではあるが個々の学力や体力に差が出てくる。成長期にあるこの年代は、一年で一気に背が伸びる子供もいる。学校の雰囲気に慣れることで少しやんちゃな生徒も出てきて、先生たちにとっても扱いにくい学年のようだった。

2007年10月28日更新
二年生になった新学期のクラス集合写真。一年前に比べやや緊張感が薄れている。
1962年8月12、13日2年生の夏休み、能勢の剣尾山行者山岩家寮での林間学校(写真上下)
剣尾山(784m)は大阪府北部の能勢町と京都府亀岡市の境界にあって北攝を代表する名峰。頂上付近は巨岩・巨石が散在していて360度さえぎるものがなく、山頂の展望岩(蛙岩)で腰をおろし遠く六甲山や、北側の向いには三角点の有る横尾山・深山・半国山をはじめ、摂津山々の眺望が楽しめる。
昭和37年8月12日13日、豊中1中の2年生の林間学校はこの剣尾山で行われた。
2年生のときの運動会は服部緑地公園で行われた。(写真下)以下は2年6組(北野先生の学級)
校舎北側にはバスケットボールとテニスコートに使われるグラウンドがあった。この時代の1年生から3年生は最も生徒数の多い世代だった。体育の授業も運動場の配分に先生方も苦労されたことだろう。
校舎北側のグラウンドを背にして、西田節昭君、加集資朗君、西田二子さん、奥田美智子さん。
当時新任で1中に来られて2年目の石井睦子先生のご自宅を訪問した加集君、中村君、増田君。